がんサバイバーっていつから?

乳がんに罹患する前から「がんサバイバー」という言葉は耳にしたことがありました。

 

「がんサバイバー」という言葉に「がんから生き残った人」というイメージを持っていたので、手術が終わった時「わたしもこれでがんサバイバーになったんだな」とぼんやりと思っていました。

 

でもよく考えると手術が終わった後もまだまだ治療は続くし、わたしはいつから「がんサバイバーなの?」と疑問に。

 

結果、がんと診断された時からがんサバイバーでした。

 

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がんの告知を受けて戸惑っている人も、がん治療の真っ只中の人も、治療が終わって再発防止に励んでいる人も、がんを体験した人はみんな「がんサバイバー」なんです。

 

このブログのタイトルを「乳がんと生きる」にした訳は、乳がんに罹患して初めて、がんが「治る」「治らない」という簡単なものじゃないと知ったからです。

 

がんは(特に乳がんは)5年経っても10年経っても再発する可能性がゼロにはなりません。

 

治療がひと段落し、パッと見れば罹患前と何も変わらない状態。ただ、「もうよくなったの?」と聞かれても「わからない」としか答えようがありません。

 

目に見えるがんは取り除けていても、小さな癌細胞がどこに潜んでいて、いつ悪さを始めるかわからないからです。

 

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そんな不安と向き合いながら日常生活を取り戻していく。

もう癌と関係なかった人生には戻れない。

「がんサバイバー」になったからには、わたしは乳がんと生きていくしかないんです。

 

 

 

乳がん発覚と治療の流れ

わたしの乳がん発覚から治療の流れをご紹介します。

 

2020年7月 

左乳房が腫れてチクチク痛むので近所の産婦人科へ行って、総合病院の乳腺外科へ紹介状を書いてもらい、3日後に予約をいれる。

 

乳腺外科でエコー、マンモグラフィーを受ける。乳がんの可能性が高いとのことで、2日後にMRIと針生検をすることに。

 

MRIと針生検を受け、8日後に検査結果を聞きに「家族同伴で」来るように言われる。

「ゆっくり話せるよう後の患者さんがいない一番遅い枠を予約しておくね」と言われた。先生の中では乳がんだと確信していたのだと思う。

 

夫と一緒に検査結果を聞きに行き、乳がん確定を告げられる。乳がんについてある程度調べていたので、自分のサブタイプなど詳しく説明を受ける。

✴︎わたしが乳がん情報を知るのに活用したサイトを以前ブログで書いているのでリンクを貼っておきます。

ouchi-daisuki.hatenadiary.jp

 

サブタイプは、ルミナールB Her2陰性タイプでした。

4日後に転移を調べる検査を予約。

 

2020年8月

乳がんは、骨、肝臓、脳、肺に転移しやすいため、「骨シンチ、胸部・腹部CT」の検査を受け、遠隔転移はみられない。脳のMRIは受けなくていいというのが主治医の判断。

9日後から入院して術前抗がん剤をすることに。わたしの病院は初めての薬を点滴する場合は必ず入院対応となるとのこと。

 

入院して、鎖骨下あたりに点滴用のCVポート埋め込み手術。

CVポート埋め込み手術の翌日から抗がん剤スタート。

EC療法(エピルビシン・エンドキサン)2週間に1度を4クール。

✳︎通常は3週間間隔だが、30代で体力もあるので2週間間隔で治療することに。

✳︎2週間間隔だと白血球の回復が追いつかないので、抗がん剤点滴の翌日にジーラスタという注射を打って白血球を増やす。

 

2020年10月

EC療法4クール終了したので、効果判定のためMRI。しっかり薬剤が効いて、腫瘍の大きさが小さくなっているとのこと。1週間後から新しい抗がん剤「パクリタキセル」を始める。

 

入院してパクリタキセルの点滴スタート。

こちらもEC療法と同様2週間間隔を4クール。点滴の翌日にジーラスタ注射。

 

2020年11月

パクリタキセル4クール終了したので、効果判定のためのMRIと、手術前の遠隔転移検査のため骨シンチと胸部・腹部のCTをとる。

 

2020年12月

手術前の肺機能、心エコー検査。2週間後に手術。

 

7泊8日で左乳房摘出・腋窩リンパ郭清・乳房再建手術。

 

2021年1月

手術の病理検査を聞く。

腫瘍は小さくなっていたものの、小さい腫瘍がいくつか残っている。針生検では陰性だったHer2が発現しているのでFish法で再検査。結果が出るまで3週間ほどかかる。

 

2021年2月

Fish検査の結果、Her2陽性に。

針生検でとった部分が、たまたまHer2タンパクがない部分だったのだろうとのこと。

 

Her2が陽性になったので、分子標的薬(ハーセプチン・パージェタ)を入院して初回投与。

3週間ごとに18回投与が続く。

 

2021年3月

放射線治療スタート。平日に25日(機械メンテナンス日のぞく)続けて照射に通う。

 

2021年5月

ホルモン療法スタート。6ヶ月に1回リュープリン注射をお腹に。タモキシフェンを10年間毎日服用予定。

 

どんな感じで治療が進んでいくのか参考になればと思い、簡単に治療の流れをお伝えしました。

 

 

 

 

 

乳がん治療 抗がん剤で抜けた髪の毛事情

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「髪は女の命」というが言葉ありますよね。

いやいや、わたしは命の方が大切です。抗がん剤で抜けた髪の毛はまた生えてきますから。とは言っても、治療前の長さまで髪の毛が伸びるまでには何年もかかります。

 

髪の毛が抜け始めてから、それぞれの時期をどうやって乗り切ってきたかをご紹介したいと思います。

 

抜けはじめ期

抗がん剤を初めて数週間後から髪の毛が抜け始めます。

もともと肩につくくらいの髪型だったのですが、抜け始めた頃にバリカンで1ミリくらいに剃りました。やはり長い髪の毛がずるっと抜けるのは恐怖ですよね。

 

この頃にわたしが一番活用していたのは

「アクアドールの帽子ウィッグ」です

 まだ家族に髪の毛がない姿を見せるのに抵抗があったので、家でもこれとケア帽子を被っていました。帽子を脱ぐ必要のないちょっとした買い物程度であればこれで十分だと思います。

後々、使用頻度は下がりましたが「髪の毛がない自分を受け入れるまでの期間」のわたしを支えてくれました。

ケア帽はハンドメイド通販「minne」でお気に入りの柄のものを購入しました。家で被るものはコットンがおすすめです。チクチクしないし季節を選びません。

 

ちなみに眉毛もまつ毛もツルツルになると思っていたので、つけまつ毛(100均)と数日消えないアイブロウを買いました。眉毛がツルツルになるとどこに眉毛を書けばいいか分からなくなるというので、タンニン成分で染めてくれるアイブロウをまだ眉毛があるうちに書くといいらしいのです。

 

ただ、抗がん剤をしている時期は体力も落ちているので、つけまつ毛をつけてまでお出かけすることはありませんでした。そして、わたしは眉毛はツルツルにはならなかったので、いつものアイブロウで事足りました。

 

ツルツル期

ポツポツと髪の毛があるものの。見事にハゲてます。

わたしは本当に親しい友人にしか乳がんに罹患したことを伝えていたなかったので、幼稚園の参加日などは気を使いました。

 

わたしは先ほどご紹介した帽子ウィッグ1つとフルウィッグ3つの合計4つ購入しました。

 

フルウィッグのうち、2つはメルカリ(新品)で人毛100%のものを。もう一つはリネアストリアで人工毛の安いものを。こちらはサイズや色を選べてこのお値段。高いものをネットで買うのが心配な方におすすめです。

 

最初に買った人毛のものが1番高かった(17,000円)のですが、サイズと長さが合わずほぼ使用していません。

 

次に購入した3,000円程度の人工毛のものは、少し長めのものを購入して自分自分で好みの長さにカットしました。安いウィッグだから出来ることですよね。ただ、安いので毎日使っているとゴワゴワになってきます。

 

最後にもう1度メルカリ で12,000円くらいの人毛100%のものを買いました。これを美容室で自分に似合う様にカットしてもらったのですが、これが1番自然だったと思います。

 

お伝えしたいのは「買ったままのウィッグがそのまま似合うのは難しい」ということです。どんなウィッグを買うにせよ、自分の顔に似合うように美容室でカットしてもらうことが自然にウィッグを被るポイントだと思います。

 

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ちなみにわたしは乳房摘出手術を受けた総合病院の中に入っている美容室でカットしてもらいました。ウィッグに詳しく、個室もあるので助かりました。

 

このツルツル期に入ると、髪の毛がないことに自分も家族も慣れてきていたので、家ではケア帽子のみで過ごしていました。なので帽子ウィッグはゴミ出しの時くらいの使用頻度になっていたと思います。

 

揉み上げ・生え際バンザイ期

髪の毛の生えるスピードは人それぞれだと思いますが、わたしは最後の抗がん剤から6ヶ月くらいでウィッグを被るのが楽になりました。なぜかというと「揉み上げと生え際」に自分の毛があるからです。ツルツル期は揉み上げと生え際が見えないように、外ではいつも気を使っていましたが、揉み上げと生え際に地毛があれば、ウィッグを耳にかけたり、まとめ髪に挑戦することも出来ます。

 

わたしは、リネアストリアで買った安いウィッグの毛質がゴワゴワになっていたので、このウィッグで「一つにくくるなどのまとめ髪を作りターバンでウィッグの際を隠す」というスタイルがお気に入りです。

 

「縮毛矯正をあててベリーショートで脱ウィッグ」も考えましたが、前髪の伸びが遅いことと、「おしゃれな状態を維持しつつ髪の毛を伸ばしていくためには、頻繁に美容室に通わないといけないな」と思い、まだまだウィッグ生活を覚悟しています。

 

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終わりに 

髪の毛がないと気持ちも落ち込みついつい引きこもりがちになりますが、自分に似合うウィッグを見つけて少しでも外にお出かけすることをお勧めします。

わたしは大振りのイヤリングをつけることで気持ちを上げていました。耳に髪の毛をかけなくても、髪の毛の合間から見えるくらい大きなイヤリング。

 

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海外ドラマで考えさせられた乳がん啓蒙

みなさん、「NYガールズダイアリー」というアメリカのドラマをご存知ですか?

 

女性誌「スカーレット」で働くジェーン・サットン・キャット3人の仕事や恋についての話です。3人ともアグレッシブでとても魅力的。アラフォーのおばさんが、20代の3人に毎回元気をもらっています。スカーレットの編集長「ジャクリーン」がまたかっこいい。

 

そして、このドラマただ楽しいだけじゃなく、性的暴行や乳がんの啓蒙、人種差別・移民問題の社会問題も取り上げていて、毎回考えさせられます。

 

NYガールズダイアリー 大胆不敵な私たち

シーズン1#6おっぱい解放運動

スカーレットで記者として働くジェーンは幼い頃に自分の母親を”乳がん”でなく(HBOC)を受けるべきと主張する医師に取材することになります。真実を知ることへの怯えから「20代の検査はやり過ぎだ」と主張。

最後は親友であるサットンとキャットの支えもあり、自身も遺伝子検査を受け、結果が陽性だと告られる。

 

わたし自身のHBOC検査結果は陰性でした。

しかし、検査を受けてから結果が出るまでの間「もし陽性だったら、4歳の娘が大きくなった時になんと伝えよう」とずっと考えいました。また、「それを告げる時まで自分は生きていられるのか」とも。

 

アンジェリーナ・ジョリーさんがHBOC検査の結果、BRCA1遺伝子に変異が見られたので、予防のため乳房切除手術を受けたのは有名な話ですよね。

 

予防切除は極端な話かもしれませんが、乳がんに罹患するリスクが高いとわかっていたら、若いうちから定期的に検診を受けて、早期発見に繋がります。

 

近親者に乳がんに罹患した人がいる人も、そうでない人も。「自分は大丈だろう」などと思わずに、年に1回の検診を。

 

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乳がん わたしが活用したサイト

 

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病気についてネットで調べすぎるのは精神的に良くないと主治医に言われました。特にブログは「再発転移があった人などが気持ちを整理するために書き込むことも多い」といい、確かに読み進めていくとそのブログを書いている方が亡くなられていて、落ち込んでしまうということがしばしばありました。

 

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ただ、病気に対して知識を得ることで、「無闇に怯えるのでなく前向きに治療に取り組める」という良い点もあるように思います。なので、わたしが読んで良かったなと思うサイトの一部をご紹介しようと思います。

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乳がんINFOナビ

日本化薬さんのページ。

乳がんのサブタイプについてかわいいイラストで分かりやすく説明してくれています。乳がんの告知を受けて、まずここで自分のサブタイプについて勉強しました。

www.nyugan-infonavi.jp

 

乳がん漫画 「ちびといつまでも」

奥さまの乳がん闘病を漫画家の旦那さまが分かりやすく描いてくています。夫にも読んでもらうことで、どんなことが辛いかなどをサポートする側に知ってもらうことも出来ました。

chibiitsu.blog.jp

 

■ピアリング

こちらは携帯のアプリで使用しています。コロナ で患者会などに参加しづらいご時世なので、こちら他の乳がん患者さんのダイアリーを見るのが日課でした。

化学療法のことを”ケモ”と呼ぶのもここで学んだ。笑  

peer-ring.com

 

乳がんいつでもなんでも相談室

こちらは NPO法人 ひろしまピンクリボンプロジェクトさんが運営していて、広島の病院の医師が質問に回答してくれます。実際にわたしも質問を送らせてもらったのですが、的確かつ丁寧な回答をいただきました。わたしの主治医は「何でも気軽に質問してね」というタイプではないので、とてもありがたかったです。

pinkribbon-h.com

 

ちなみに、わたしの息子は「働く細胞」というアニメの「癌細胞」の回を見て、「お母さんの体の中にこれいるの?」と驚いていました💦

闘う相手(癌細胞)の正体を正しく知って、やつらに打ち勝ちましょう!

 

乳がんワクチン GP2に期待!

乳がんの告知を受けて、まず皆さんやると思うのが”生存率の検索”だと思います。

わたしも何度検索したことか分かりません。自分のステージやサブタイプと一致する最新の生存率データを求めて夜な夜なネットサーフィンしました。そしてその内容に一喜一憂してしまうのです。

しかし、今見ている5年・10年生存率のデータは5年・10年もしくはもっと前の治療を受けた人たちの治療成績なのです。日々医療は進んでいて、現在の標準治療を受けているわたしたちの生存率はまだ出ていないのだから。そして、ありがたいことに新しい治療法は世界中で研究開発され続けているのですから。

 

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Her2陽性乳がんに対してとても興味深い研究結果を見つけたのでシェアします。

 

www.cancerit.jp

 

現在、アメリカで臨床試験中ということなので、まだまだ実用には時間がかかるかもしれませんが、「5年再発率0%」とは何とも心強い結果ですよね!

 

現在自分が受けることの出来る治療をがんばって受けていれば、再発転移に怯えなくてもいい日が来るのではないかという希望を胸に。

 

 

 

 

 

乳がん治療  どの治療が一番つらかった?

 

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乳がんと言っても、病気が発覚した時期(ステージ)や種類(サブタイプ)によって、治療内容には驚くほど差がある。乳房温存切除手術の後、抗がん剤なしでホルモン剤を5年間服用するという人もいるが、わたしはステージⅢ、サブタイプはルミナールB HER2陽性というものだったので、術前化学療法(抗がん剤)・乳房全摘手術・放射線治療・分子標的薬療法・ホルモン療法とフルコースの治療を受けている。 

まずはそれぞれの治療の感想を。

 

 

化学療法(抗がん剤治療)

人によっては”脱毛”の副作用が何よりも嫌だと聞く。私も38歳の時に罹患し、子どもの卒園式や入学式も控えていたので、脱毛が気にならなかったわけでは無い。ただ、とにかく「癌を治したい」という一心だったので、当時は「髪の毛なんてくれてやる」という気持ちで挑んだ。

副作用としては抗がん剤を点滴したあと1週間くらいは倦怠感で横になっていることが多く、2つ目の薬は関節痛がつらかった。昔と違って今はいい吐き気どめのお薬があるのがありがたい。

私は手術の前に抗がん剤を投与したため、エコーで腫瘍が小さくなっていくのが目に見えて分かることが抗がん剤をするモチベーションにつながったように思う。抗がん剤がよく効き、「手術で摘出した乳房から癌細胞が見つからない”完全奏功”になれば予後がいい」というデータを見ていたので、とにかく完全奏功するために今を乗り切るんだ、と言い聞かせていた。(結果、完全奏功はしなかったが・・・) 

手術の後に再発予防として抗がん剤を投与する場合、術前投与よりも精神的にはより辛く、髪の毛が抜けることももっとショックだったかもしれない。

 

乳房摘出手術

”温存”と”全摘”。わたしは悩む選択を与えられなかった。わたしの場合は皮膚にまで影響が出ていたので”全摘”の一択だったのだ。

手術においては置かれている状況によって辛さに雲泥の差があるように思う。わたしの場合、手術時の年齢は39歳で、2人の子どもを出産し授乳も終わっていた。なので、「女性として寂しくはあるがしょうがない」という感情だったように思う。ただ、「夫に女性として見てほしい」「温泉にも行きたいし水着も着たい」という思いがあったので、摘出手術と同時に新しく胸を再建する”同時再建”を選んだ。再建の手術費用も保険適用になっている今の医療制度には本当に感謝だ。再建が自費であれば、再建を諦めていたかもしれないし、手術に対してもっとネガティブな感情になっていたと思う。ただ、再建出来るとはいえ、結婚や出産をこれから希望している人にとっては、乳房を失うということはもっともっと大きな意味を持っているだろう。

わたしにとっては精神面よりも肉体的につらかった。手術自体は全身麻酔のため、文字通りあっという間に終わる。しかし、その後数日が心底つらかった。お腹の脂肪を使って再建を行なったのでとにかくお腹が痛い。形成外科の先生から言われた”日にち薬だから”という言葉をひたすら唱えて時間が経つのを待った。7泊8日の入院生活が終わっても、寝た状態から起き上がるのも一苦労。背筋を伸ばすとお腹の傷が引っ張られるので1ヶ月は腰を曲げて歩いていた。リンパもすべて取ったため、左手は術後半年の今もピンと真っ直ぐには上がらない。

 

放射線治療

土日祝日と機械のメンテナンス日をのぞいて、25日間連続で病院に通い放射線を照射する。治療中間あたりから皮膚が赤黒くなりピリピリとした痛み・痒みが出てきたが、抗がん剤や手術を経験した今、これくらいの痛みは何てことない。ただ、25日間予定を調整するのが大変だった。ちょうど子どもの卒園式・春休み・入学式の時期に重なってしまったのだ。他の治療にも共通して言えることだが、自分の命がかかっている治療のため、どんな予定よりも優先するべきなのだと思う。ただ、治療期間が長いため、だんだんと色々なことを犠牲にしていることがつらくなってくる。

手術で癌は摘出したので、ここからは全身に微小転移している癌細胞をやっつけるための再発予防治療になる。再発はとても怖い。ただ、”目に見えない” ”効いている確証がない”ためだんだんと治療に疲れてしまうのだ。  

 

分子標的薬

増殖スピードが速いHer2タイプの乳がんに有効性の高いお薬”ハーセプチン”と”パージェタ”。「とてもよく効くよ」と主治医からも言われ、特に副作用を感じることもないので(心機能の低下が見られることがあるようだが)投与できることがとてもありがたい。ただ、こちらのお薬、とても高価なのだ。もちろん高額医療制度によりわたしが負担している費用は薬価の一部。しかし投与期間も長いので、毎月毎月の出費が家計にひびくのだ。癌保険に加入していなかったのが本当に悔やまれる。

 

ホルモン療法

女性ホルモンを餌に増殖するタイプの乳がん、そして閉経前の罹患だったため、リュープリンという生理をとめる注射を2年ほどうち、タモフェキシンという薬を10年服用しなければならない。こちらはまだ始めたばかりなのだが、今のところ特に副作用は感じていない。生理をとめるので更年期障害のような症状が出るときくが、ホットフラッシュなどはまだない。

しかし、タモフェキシンの服用により子宮体がんに罹患する可能性も若干ながら上がるので、定期的に婦人科で検査をしなければならないそうだ。そして10年という長い服用になるので、そのうち嫌になってしまいそうな気もする。

 

以上がわたしが経験し、これからも続いていく乳がん治療である。

置かれている状況や立場により、どの治療がつらいかは個人差が強く出るだろう。ただ、わたし個人の感想としては、手術の後の数日が1番つらかった。コロナの影響で面会禁止だったので、家族に会うことも出来ず、ただただベットで横になっているあの数日は今思い出しても胸が苦しくなってしまう。

 

つらい治療の先に明るい未来があることを信じて。